by B4-univ
カテゴリ
リンク links
記事ランキング
以前の記事
2019年 12月 2019年 11月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 ライフログ
その他のジャンル
|
(For foreign visitors: If you have not known Eiichi Ohtaki, you ain't got nothin'yet. If you like to know about the Japanese legendary producer/composer/singer, Google it. Believe your intellectual curiosity.) 今日は春分の日。昼が夜より長くなっていく最初の日です。 大瀧詠一さんは、ある時期からこの日を「ナイアガラの新譜リリース日」として愛でてらっしゃいました。 その理由ははっきりとは知りませんが、ナイアガラ作品の根底にある「春のように邪気のない暖かさ」を表わすのにぴったりの日だからではないでしょうか。 「3,2,1!」という威勢の良さも気に入っていたのではないかと想像します。
2018年の今日、ナイアガラ・レコードからリリースされたのは「夢で逢えたら」VOX。 「LP2枚、EP2枚、CD4枚」が入っている豪華な仕様です。
発売日なのに、アマゾンでは「品切れ」、マーケットプレイスから買うしかない状況になっているようです。 ライト・ファンのために、CD2枚にまとめたものも同時発売です。 この「夢で逢えたら」リリースを「歴史的お蔵出し」と狂喜乱舞される方、このアルバムの魅力をこれから知る方、世の中いろいろでしょう。 まずはざっとソニー・ミュージックの公式サイトをごらんください。 (それを読んだ後は、各自の知的好奇心のおもむくままネット・サーフィンで「夢で逢えたら」の何たるかを掘って行くのも一興でしょう。) タイトル曲「夢で逢えたら」だけを比べて聴いた、私なりのメモをざっと書けば以下のとおりです。 ディスク1 1977 CBS SONY mix(Original Album) ディスク2 1977 ONKIO HAUSmix ディスク3 1986 Tamotsu Yoshida mix
最初にディスク1を聴く。無骨だが、大瀧が当時のベストを尽くした、日本で初めての本格的な「ウォール・オブ・サウンド」。 女声コーラスは小さめ、ストリングスは意外と男らしくかぶせている。
このディスク1の「夢で逢えたら」の印象を座標軸の基準として、ディスク2に換えて聴く。 これはディスク1に先立ち、まず完成させてみた最初のミックスで、大瀧さんが生前その存在について言及していたものの一切公開されていなかったものだ。 今回初めて世に公開された意義は大きい。 まず音はすっきり整理された。 その「すっきり」は、こういう意味だ。 鬼気迫る「ウォール・オブ・サウンド」ではなく、どこかきちんとした佇まいの配置で、日本のお茶の間にある家具調ステレオに合う整え方なのだ。 大瀧さんの判断でこちらのミックスはお蔵入りとなっていたわけだが、ナイアガラが最も「歌謡曲」に接近させたミックスをやったらこのような形になる・・・という自分のための試作だったのかもしれない。 「歌謡曲」寄りといっても、そこは「ナイアガラの中では」という前提付きゆえ、安っぽくなっていないのはさすがだ。 2018年の今、一週回って、その「音のすき間」感がなかなかに気持ちよく、アルバム「夢で逢えたら」のパラレル・ワールド版として楽しめる。
そしてディスク3の吉田保ミックス。 コロムビア時代が終わりCBSソニー時代の始まりだ。 たまたまディスク1が異例のCBSソニー・スタジオでミックスしたものなので混同しやすいが、コロムビア時代の作品は基本は福生45スタジオでエコー無しでミックスしていた。 それがCBSソニーからの最スタートとなり、ソニーのスタジオで念願だったエコーを好きなだけ駆使できる環境となった大瀧は、それ以前のナイアガラ作品をすべて自分でミックスし直した(エンジニアは大瀧の変名・笛吹銅次)。 その仕上がりは「ナイアガラVOX」「ナイアガラBLACK VOX」というアナログ・ボックスとして発表された(たぶん。このあたりうろ覚えで書いてます)。 ところが大瀧の中で自分のエンジニアとしての力量では限界があると自覚した。 確固とした仕上がりイメージがあるのだ。 大瀧の中では、自分の理想どおりの水準で仕上げてくれるエンジニアに出会えたのは幸運だった。 ソニーからの第一弾アルバム「ロング・バケイション」でエンジニアを務めた吉田保である。 彼とのコンビで、80年代ナイアガラ・サウンドは作られている。 それは「ナイアガラ・サウンドの完成形」ともいえた。 大瀧にとって、「エンジニア・笛吹銅次が模索したドリーミーで豊潤なサウンド・スケイプ」を理想の形で具現化した吉田保との出会いは千金に値するものだった。 大瀧が吉田に、過去の全作品のミックスを発注したのは当然の帰結である。 それこそがこの保ミックスである。 その仕上がりは「ナイアガラCD BOOK」「ナイアガラBLACK BOOK」で報告された(たぶん。このあたりうろ覚えで書いてます。とにかく、流れと必然だけを捉えていただければと思います。) さて、その保ミックスを聴いてみる。 こうして順に聴いたからこそ、そのとてつもないモンスター感に圧倒される。 どこが中心かもわからせぬまま、モコモコと蠢(うごめ)く、ドリーミィー、かつ、ぶ厚い「音の壁」。 というか「雲の中」。 というか「ゼリーで出来た宇宙」。そのゼリーの色は、ジャケット・デザインのあの深い群青色(歌詞で言えば「薄むらさき色」)。
ナイアガラで最もポップでガーリーな作品と位置づけられている「夢で逢えたら」。 そんな曲でさえ、このようなとてつもない、突拍子もない、異形のポップスと感じられた。 マッド・サイエンティスト的なべらぼうさが、実にナイアガラ的だ。 手塚治虫が大瀧詠一、石森章太郎が山下達郎と、私が感じているゆえんである。 どちらも圧倒的な宇宙を持つ大家だが、手塚治虫ほどカルトでモンドな「問題作」を多く持つ宇宙を内包する大家はいないという意味合いだ。 ここまで聴き比べて、もう一度、最初のDISC1(=オリジナル・ミックス)の「夢で逢えたら」を聴く。 「フィル・スペクター」の「ウォール・オブ・サウンド」を77年の日本で追求した研究成果を、当時誰がわかってくれようか。 誰にも届かないかもしれない。でもやるんだよ。 ・・・そんなピュアな思いが、鬼気迫るミックスとない交ぜになったカルトな作品が素顔を見せた。
これと同じ体験を前にしたことがある。 そうだ。 「ナイアガラ・カレンダー78」が、ついに30周年記念盤としてリマスターされたときだ。 80年代の吉田保ミックスから入り、それが「ナイアガラ・カレンダー」だと思っていた私は、原点である「78年」版が「ノン・エコーの鬼気迫るカルト・アルバム」であったのだとまざまざと実感した。 それと同一のものを今回感じたのだ。 思えば、「ミックス違いを聞き比べて賞味する」という行為自体も、大瀧によって啓蒙されたことを思い出す。 大瀧は、何十年かけて日本のリスナーの耳の民度を高めてきたのだ。 そのような微細な違いを味わうに値するとリスナーが感じるほどの豊潤な作品世界を自ら呈示して。 何十年かけて啓蒙されてきたのが、我々ナイアガラ・ファンである。
ディスク4は「Rarities」。 ライヴ音源、カラオケ(歌うためにも使用できるだろうが、「音の構成を賞味するため」の蔵出しであることは明白だ)、アウトテイクス、CM音源だ。
「ナイアガラ・シングル・ボックス」がリリースされた際、一部では「夢で逢えたら」が入っていないのは納得いかないといったことを一部のファンが得意げに言っていたが、それはナイアガラを深く知っているようで知らない半可通。 入っていないのには理由があるはずと感じない人は、ナイアガラ・スタッフがミスで入れ忘れたとでも思ったのだろうか。 何事にも理由がある、とさえ知っていれば「まとめてお蔵出しするんだ!」と見通せるはずだ。
半可通といえば、一部で「ナイアガラ・スタッフは、大瀧さんの没後、儲けに走って次々とリリースしている」というが、儲けに走るなら、小出しにするはずだ。 没後に出たものは、すべてきちんとした最終総括である。 テーマに沿ってその都度全ての音源を蔵出しし、何の出し惜しみもしていない潔さを実感すべきだ。
閑話休題。 今回、同時リリースされる企画盤もある。 それこそが、「EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集Vol.3」だ。
Vol.1、Vol.2は、大瀧が他の歌手に書いた作品や、大瀧ヴォーカル作のシングル曲などだった。 今回のVol.3は、なんと(!)<「夢で逢えたら」(1976~2018)>とサブタイトルがついている。
ソニー・サイトにはこう書いてある。 (以下、引用) 永遠のスタンダード曲『夢で逢えたら』1楽曲だけにスポットを当て、レコード会社、レーベルの壁を取り払い、古今東西に存在するオリジナル及びカヴァー作品の完全収録を試みた前代未聞のコンピレーションアルバム (引用おわり)
「存在が確認されている86曲」を、レコード会社の垣根を越えて全曲集められた4枚組だという。 「夢で逢えたら」がどれだけ様々なアーティストに愛唱されてきたか、それぞれどう解釈して音盤に残したかが一望できるはずだ。
この「EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集Vol.3」はアナログ盤でもリリースされた。 ただのアナログ盤ではない。 これは、ソニーが29年ぶりに「自社でアナログをカッティングしてレコードを一貫制作する業務」を復活させた第1号である。 その栄えある最初のレコードとして、洋楽はビリー・ジョエル、邦楽は大瀧詠一が選ばれたのだ。
思えば、ソニーが開発した「CD」の1号として選ばれたのが、洋楽はビリー・ジョエル、邦楽は大滝詠一(アルバム「ロング・ヴァケイション」)が選ばれ、音楽史に名を残す形となった。 その史実を踏まえているのだ。 常に歴史に敬意を表し、歴史をふまえる方だった。 NYの巨大球場「シェイ・スタジアム」をコンサートに使ったのはビートルズだった。 その球場の老朽化で取り壊しが決まったのは21世紀になってからのことだった。 取り壊し直前の記念コンサートは、ビリー・ジョエル。 そして、そこにポール・マッカートニーが飛び入りで出演して締めた。 それから数年後、その球場が「シティフィールド・スタジアム」と名を変えて新築されたとき、 こけら落としコンサートはポール・マッカートニーだった。 これらの流れを大瀧さんにメールで共有させていただいたことがある。 大瀧さんは「ポールは歴史家ですな:と嬉しそうな返信をくださった。 「歴史」を大切にするナイアガラ・スピリッツがスタッフによって脈々と引き継がれていることがお分かりいただけただろうか。 大瀧さん本人がいない状況下を考えると、これほど見事な進め方で、大瀧から薫陶を受けた音質追求も含め、信頼できるアーカイヴ管理がなされていることは奇跡のような「縁の集積」といえよう。 そういう意味で、大瀧さんの世界に共鳴してきた者(=私のようなナイアガラ・ファン)は幸せ者だ。
今回の「ソニー復活アナログ第1号」に選ばれたのが、大瀧自身のヴォーカル作品でなく、提供楽曲「夢で逢えたら」のカヴァー集というのも、実にナイアガラ的だ。 大瀧さんは生前、ラジオでこう語っていたのを聴いたことがある。 <楽曲としての「夢で逢えたら」は発表当時、セールス的にはまったくだったからこそ、ある種の伝説的な存在になるという結果を生んだのだろう> 多くのアーチストがカヴァーするたび、ある種の聴き手との間に「おっ、この曲を好きなのか」と親近感溢れる目配せがなされるカルト楽曲となったわけだ。 ここまで多くのアーチストに歌い継がれているこの状況こそが、「作品が残る」ということなのだ。 アルバム「夢で逢えたら」に、「こんな時」という曲がある。 これは、大瀧自身のアルバム「Go! Go! NIAGARA」で歌った曲「こんな時、あの娘がいてくれたらナァ」のカヴァーだ。 読みかけの 雑誌一冊 吸いかけの タバコ1本 頭を 空っぽにして ラジオを聞いて ふと想う 君がここ ここにいてくれたらと 不意にドアを トントン ノックの音がする 来る筈なんか ないのに 騒ぐこの心 外は雨 やまない長い雨 圧倒的な「不在の寂寥」に溢れている歌詞だ。 大瀧が渾身の力で日本のリスナーにポップス研究の醍醐味を啓蒙しようと試みた場 といえるラジオ番組「「Go! Go! NIAGARA」は、電波の弱いラジオ関東で深夜3時からだった。 誰が聴いてくれているのだろうかという大瀧の想い。 それに感応してくれた、少数だが熱いリスナーたち。 だからこそ、大瀧は当時のリスナーをとても大切にした。 聞き逃した回を無料でダビングするファン・サービスまでしていた。 そのラジオ番組のタイトルを冠したアルバム「Go! Go! NIAGARA」は、 「DJイーチ・オータキの曲紹介で、大瀧の新曲が次々流れる」という趣向のコンセプト・アルバムだ。 そこに、件の「こんな時、あの娘がいてくれたらナァ」が収録されているのだ。 しかも大瀧のヴォーカルは、ほとんど聴き取れないほどのオフ気味のレベルにミックスしている。 その理由は、大瀧の「本心吐露」「心の叫び」だったからではないか。 日本のポップス界の民度、市場の民度、どうせ理解されないんだという思い。 アルバム「夢で逢えたら」を作っている最中、 大瀧は「これまで誰も到達したことのないクオリティの和製ガールズ・ポップス」という手ごたえに溢れていたに違いない。 一方で、これもまた、それをわかってもらえないんだろうなという想いもあったはずだ。 だからこそ、「こんな時」と改題して、このアルバムでもシリアに歌わせているのだ。 そして、やはり売れなかった。 何をやっているかその意味と意義を理解できる耳を持つ人が、日本にほとんどいなかったのだ。 こんなファンの私がこつこつとやってきた仕事を通じて、なんと「大瀧さんが我が家に来訪」という まさに夢のような出来事が起きたことがあった。 90年代前半のことである。 私は、当時入手したばかりのばかりの中古アルバム「夢で逢えたら」をお見せした。 帯付・ミントコンディションゆえ、当時数万円は下らない相場だったにもかかわらず、 金沢の中古レコード店で奇跡的に6000円という良心的価格で見つけることができたのだ。 大瀧さんは、その版を手に取って、我が事のように眼を細めながら、しみじみこうおっしゃった。 「これはお買い得ですよ。当時、5000枚も作られてないんじゃないかなあ」 タイムマシンがあれば、70年代中期、「夢で逢えたら」を作り上げた大瀧さんに 「EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集Vol.3 夢で逢えたら」(1976~2018)」をお渡ししたい。 大瀧さんはどう反応されるだろうか。
そんなことを思いながら大瀧さんを偲ぶ2018年の春分の日。
あなたは私から遠く離れているけど 逢いたくなったら 瞼を閉じるの 夢でもし逢えたら 素敵なことね あなたに逢えるまで 眠り続けたい 歌詞の「あなた」に「大瀧さん」を当てはめれば、今回のリリースは「めいめいが大瀧さんにもう一度逢える体験」だと気づく。 目頭が熱くなった。 大瀧さん、そして「大瀧さんのスピリッツも含め、後を引き継ぐ渾身の努力とセンス」のナイアガラ・エンタープライズに拍手を贈ります。 「いい仕事」、お疲れ様でした。 素晴らしい「3月21日」を有難うございます。
by B4-univ
| 2018-03-21 23:59
| 大瀧詠一氏・ナイアガラ
|
ファン申請 |
||